解題

 
 室町時代から江戸時代初期にかけて、町衆と呼ばれる京の都市人を中心に、公家や武家・
商人・僧侶をも含む広汎な読者層に迎えられて、次々に生成された短編の物語群がある。文
学史上、室町時代物語・中世小説などと呼ばれる広義の御伽草子である(御伽草子という呼
称は、享保期頃、渋川清右衛門(柏原屋)が『文正草子』『鉢かづき』等二十三編を「御伽
文庫」と銘打って刊行したのに由来する)。
 作品総数は優に四百種を越えるというが、その殆どは作者・制作年代ともに不明である。
内容は前代までの様々な文学や伝承に素材を仰いでいて多種多様であるが、それらは題材や
話型や表現等によって、いくつかの種類に分けることが出来る。いま市古貞次氏(『中世小
説の研究』等)によれば、(1)公家物、(2)武家物、(3)宗教物、(4)庶民物、
(5)外国物、(6)異類物、に分類される。
 テキストの形態としては、版本が広まるまでは絵画と結合して絵巻や奈良絵本の形で享受
されることが多かった。奈良絵本とは鳥の子や間似合(まにあい)の料紙に、朱や緑青など
の色鮮やかな泥絵具を用い、胡粉を散らして描いた奈良絵と呼ばれる挿絵をもつ冊子本のこ
とで、横型本の体裁をとるのが一般的である。

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 さて、『小式部』は、公家物に入るが、その中でも歌人伝説物もしくは歌徳物に分類され
る。まず物語の内容を梗概によって紹介しよう。

 中頃、上東門院(中宮彰子)のもとに紫式部という才色兼備の女房があった。ある夜不思
議な夢を見て懐妊し、美しい女児を産んだ。その子は幼い頃から和歌に秀でていた。母の式
部はやがて石山寺に籠もって『源氏物語』六十巻を書き上げるが、幼子はその間継母の手に
預けられて辛い思いをする。また、十三の春には鬼神に魅入られて重病に罹るが、詠んだ歌
が鬼神を感動させて事なきを得た。こうして、この娘も中宮の目にとまり、和泉式部の名で
お仕えした。
 その頃、都には夜ごと酒呑童子という鬼が出て人の命を奪っていた。勅命を受けた頼光・
保昌は住吉明神の加護もあって見事に鬼を退治。保昌はその勲功により和泉式部と結ばれた。
和泉式部はその後歌の名人の道命法師と浮き名を流すが、それを聞き知った母の紫式部は
『伊勢物語』の業平の故事を引いて諭した。(以上、上巻)
 一方、赤染衛門は傷悴した和泉式部を和歌で慰めた。式部は巫女に伴われて出雲社に赴き、
神前で霓裳羽衣の舞を舞い、保昌との関係を回復することが出来た。そして、十七の春、女
児を産むが、宮仕えの身を憚り、東寺の門前に捨て子する。赤子は清水寺に子授け祈願に
やってきた河内国の老夫婦に拾われ、大切に養育される。和歌・連歌に秀でた孝行娘になった。
 時は流れて、行く末に不安を抱く齢になった式部は、捨てた我が子を探す旅に出る。長谷
寺で祈願した式部は、河内国の奥山に迷い入るが、偶然にも一夜の宿を請うた老夫婦の家で、
歌の贈答を機縁にして娘との再会を果たす。こうして都に上った娘は、帝の住吉行幸の場で
見事な歌を詠んで人々を感嘆させ、小式部内侍として召されることとなる。ある日、帝が大
切にしていた小松が枯れることがあったが、これを蘇らせたのも他ならぬ小式部の詠んだ名
歌であった。
 ゆえに、いかにも歌の道は嗜むべきことであるという。めでたいことどもであった。

 このように、『小式部』は紫式部・和泉式部・小式部という王朝時代の三才媛を親・子・
孫という三代の系譜に位置づける興味深い作品であり、そこには歌徳を軸に、夢想懐妊譚・
継子譚・鬼神感応譚・捨て子譚・酒呑童子説話・道命説話など実に多彩な物語や伝承が綴り
合わされている。なかでも『源氏物語』六十巻説や女庭訓などは、御伽草子の、注釈(秘伝)
の世界との関わりや女訓書として一面を考える上で興味深いものがある。
 思うに、王朝の世界に憧れを抱く当時の、とりわけ若い女性達は、この贅沢な趣向にさぞ
かし心をときめかせたことであろう。

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 『小式部』の伝本は比較的少なく、現在知られているのは以下の六本に過ぎない。

(1)天理図書館蔵本(藤井乙男氏旧蔵本。挿絵なし写本。『近古小説新纂』『室町時代物
   語大成 五』所収)
(2)岐阜大学附属図書館蔵本(反町茂雄氏旧蔵本。奈良絵本)
(3)多久市郷土資料館蔵本(奈良絵本)
(4)小野幸氏蔵本(前田善子氏旧蔵本。奈良絵本。但し挿絵を欠く。『室町時代物語大成
    補遺一』所収)
(5)戸川濱男氏旧蔵本(巻子本。内題『いつみしきふの物かたり』。『小式部』の下巻に
   相当。絵なし。『室町時代物語大成 二』所収)
(6)赤木文庫旧蔵本(横山重氏旧蔵本。奈良絵本。下巻を欠く)

 この他、日本大学文理学部資料館等に同名の奈良絵本があるが(岩波文庫『続お伽草子』
『和泉式部全集 本文編』所収)、これは小式部の伝記を扱う全くの別本である。
次に、これらの諸本の関係について摘記しておくと、『室町時代物語大成』の解説に「三本
(岐大本・小野本・赤木本)の詞章は同系で、天理本と較べると、語句に異同が多い。さら
に後半の部分について、前記の戸川本とも較べると、右の前田本(小野本)・反町本(岐大
本)・赤木本の三本の方が、概して戸川本に近い本文をもっている」とあるのが概ね首肯さ
れる。多久本は後に知られるようになったテキストであるが、この本も三本と同系のものと
みることができる。
 岐大本・多久本・小野本・戸川本・赤木本の五本については、諸本間にあまり大きな異同
はみられないが、いずれかといえば岐大本が他の四本からやや離れているように見受けられ
る。ただし、いま完本である岐大本・多久本・小野本の三本を対観してみると、各本、挿絵
が数量・絵柄・位置ともに一致せず(小野本は挿絵が切り取られているが、その位置は知ら
れる)、本文もそれぞれ独自の異同や誤脱等を含んでいて、そこに直接的な書承関係は認め
がたく、また古態性(どのテキストが本来の形をよく伝存しているかということ)の判定も
容易ではない。

 このように、諸本展開の実態は不確かであるが、いずれにせよ岐大本は多久本とともに本
文と挿絵とを完備する点で、貴重なテキストであることに間違いはない。

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参考論文
 ①多久本「小式部」の考察 後藤明子 佐賀大学文学論集第5輯 1964年
 ②岐阜大学附属図書館蔵『小しきぶ』-翻刻と解題- 弓削 繁 岐阜大学国語国文学第
  25号 1998年
 ③多久市郷土資料館蔵『小式部』の翻刻並びに解題 勝俣 隆 長崎大学教育学部紀要人
  文科学第78号 2012年

〔付記〕前稿のあと、多久本についてコロラド大学准教授ケラー・キンブロ-氏より貴重な
    ご教示をいただきました。改稿の遅れを謝するとともに心よりお礼申し上げます。  


                            (解題 岐阜大学名誉教授 弓削 繁 2012年9月18日改稿)

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